■福井新聞「こだま」欄掲載  2006/09/16
「公正な社会構築が必要」 
 姉歯秀次建築士一連の耐震偽装問題、ライブドア堀江貴文前社長らの粉飾決算、日銀福井敏彦総裁の村上ファンド出資をめぐる歯切れの悪い総裁のイスへの居座り、社会保険庁の年金未徴収とその不透明な組織、岐阜県の裏金工作と職員の不正流用と信じられない事件の数々。これらが氷山の一角にすぎないなら日本の国は恐怖の極みだと思う。頭を下げながらも本音は「自分だけが悪いのではない」といった責任逃れ、悪あがきには「ちょっと待て、それは大きな誤りだ」と怒りをおぼえる。
 なりふりかまわない市場原理主義によりアメリカに追随すべく貧富の差が大きくなる一方、正直者がバカをみてズルイやつらが勝ち組になっている。これからの若者はなにに価値観を持って生きていけばいいのだろうか。自分自身が社会に貢献している自負を持ち、夢や目標に向かい、努力、挫折、達成感を繰り返し、たとえかなわなくてもそのことを幸福と思える生き方をしてほしい。
 そのためには夢や希望を持った人を映す鏡、すなわち社会にひずみや曇りがあってはならない。新しい総理総裁が決まろうとしているが、目先のきれい事ではなく、我が国は皆が働くことができ、老後の不安が解消され、人々が認め合い、共生していける公正な社会を構築する必要に迫られている。

■福井新聞「こだま」欄掲載  2005/02/19
「八百比丘尼の伝説生かそう」 
 若狭小浜を唯一性を持った世の中に二つとないオンリーワンのまちにするには、テーマを八百比丘尼(はっぴゃくびくに)に求めたいと考えます。全国各地にある八百比丘尼の物語の「本家」は若狭です。若狭で取れたある魚を食べて年をとらなくなり、全国を回った後、800歳になっても若いままの姿で生きている自分がいやになり、小浜の空印寺の岩窟(がんくつ)に入り、自らの命を絶った八百比丘尼。この長寿伝説を生かし「ようこそ若さの源 若狭へ」というアピールで、これからの高齢化社会に「健康長寿のまち若狭小浜」を打ち出します。
 最近、シニア層を中心に広まっている「スローライフ」は、急速に移り変わる社会を認めながら少しのぜいたくの中で、ゆったりとした時間を過ごしたいといった人間本来の豊かさを求めていく行動です。まさに小浜市は「御食国(みけつくに)若狭小浜」を標ぼうし、美しい自然と数多くの歴史的文化遺産を持つ食のまち「スローライフタウン」です。
 このまちづくりには京阪神とつながる琵琶湖・若狭湾リゾートライン鉄道の整備が不可欠でしょう。電車による日帰りグルメツアーも増え、一大保養地となり得ます。八百比丘尼によるまちおこしで、住んで良し、訪れて良しの癒しのまちとして活性すればと考えます。

■福井新聞「こだま」欄掲載  2004/05/11
「年金改革法案議員に不信感」
 少子高齢化から国民の老後にそれなりの社会保障体制見直しと、大きく掛け金を上げるという年金改革法案の論議も、小泉首相の「サラリーマンも役人も皆同じ制度が分かりやすい」と一元化案もウヤムヤにして進められた。
 厚生年金は負担増を強いられ給付はカットされるというのに、特例だらけの役人年金や議員年金には何割増で国民の血税が投入されるよう、自分たちが得をする年金制度はそのままにして、負担は民間サラリーマンや自営業者たちに押し付けている。
 しかも内閣閣僚の「未納三兄弟」の発覚から年金未納者を公表する約束も守らず、衆議院厚生労働委員会にて与党で単独可決し、後に未納者が続出しても、分かりにくい制度だと異口同音に言っている。
 1986年から任意加入から強制加入になったのは記憶に新しいはずだ。国民に対し義務を怠るものには動産の差し押さえもとよく言えたものだ。
 国民の血税で給与をもらっている議員が、その中から納めなくてはいけない義務を怠り、「認識不足でした」と謝ればいいのか。情けない国になってしまったと、失望しているのは私だけではないはずだ。
 今までに6兆円もの年金運用失敗にもかかわらず、責任者である年金族の高級サラリー、巨額の退職金支払いのツケを、食べるのに精いっぱいで生活苦の国民におわすのか。
 自らのみそぎを示さないアンフェアな議員では、公正な国家にはならない。

■福井新聞「こだま」欄掲載  2004/01/12
「三方から高浜「若狭市」に」
 嶺南市町村合併論議も、上中は三方と、名田庄は大飯町と積極的に動きはじめ、小浜市だけが取り残されていいのか。
 一方、国の整備新幹線の行方は、福井県が電力供給地として国へ貢献していると西川知事と議員団が上京、要望活動をなされた。「南越」までのために嶺南の原子力発電所立地のカードを使うことに対し、敦賀の河瀬市町のコメントには同感である。
 嶺南の残された高速道路整備や新幹線若狭ルートに期待を抱き、今春の知事選に圧倒的な割合の西川票が入ったのは記憶に新しいはずだ。県や国に対しイニシアチブを持つには嶺南の三方から高浜までで若狭市に早々になる必要性を訴えたい。他の自治体が小浜市に対してよい感情を持っていないのはリサイクル燃料備蓄施設(中間貯蔵施設)の誘致について請願がなされても、市長は答を示さず、議会も「継続審査」とはっきりしないところにある。すべてが後手になる前に、行政が決めかねるなら住民に全ての情報を公開し、住民投票で結論を出すしかない。
 誘致しないなら国の交付金がこれから削減されていっても独自で頑張るしかないし、誘致となれば若狭市を実現すべきだと考える。
 「風評被害」は敦賀市には感じられないし、若狭市になれば同じだと思われる。行政が市民に決断を促す責任も果たさず、流してしまうことだけは後世のためにも避けたい。そして市民は結果には文句はつけないで運命を受容して生きていこう。

■福井新聞「こだま」欄掲載  2003/01/21
「価値観変えて幸福な生活を」
 30歳くらいの男性の話。姉が「あなたの夢は?」と尋ねたら「朝ごはん食べて、仕事に出かけて帰宅して夕食にありつけたらそれでいい」と答えたという。日本は、この混迷するデフレ不況により人の価値観をも変えてしまった。
 今まではアメリカンスタンダードに大きな影響を受け、なりふりかまわず、上昇志向こそ幸福という風潮があった。ここにきて、人生の目的とは「いかに楽しく人生を過ごすか」というヨーロッパの人のように、日本もそうなってきたのかもしれない。
 本当の意味での「成功」とは、財を持った人や、地位を得た人ではないはずだ。一部の異常な「勝ち組」たちの生活に無理やり合わせようとするのはやめ、価値観を切り替えた方が幸福、という人が増えたのだろう。
 これからの若者は、何に価値観を持ち、夢を持って生きていけばいいのだろうか。自分自身がその時の夢や目標に向かい、途中の努力、挫折、達成感を繰り返し、たとえかなわなくてもそのことを幸福と思える生き方をしてほしい。
 「等身大の幸福」というのは「それなりに生きろ」ではなくて、心の等身大に幸福を求めようということではないだろうか。そのためには、夢や希望を持った人を映す鏡、すなわち社会にひずみや曇りがあってはならない。
 今の日本は、皆が働くことができ、老後の不安が解消され、人々が認め合い共生していける社会を構築する必要に迫られている。夢と希望が持てて自分の「心の等身大の幸福」を分かち合う国にしたいものだ。


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